昨日のロンジン”パペカレ”は焦りましたが掲示板でお知らせ頂いてひとまずは安心でした。
いくら、何でも電池交換をやっていると言っても、何でも知っている事とは別物なのです。
それにしても皆様の蘊蓄や知識には驚かされ助けられるばかり!
ネットの力、個人個人の知識を簡単に集約してしまうのがネットの特性
そういえばそれまでですが時計屋をやっているのが恥ずかしくなるくらい無知ですなσ(^_^)
さて昨日は神戸へ歯医者。
何故、神戸かというとそのむかし神戸で長く入院していて、その病院の近くの
歯医者さんだったのですが。
話は戻って小学生の頃でしたか。
事故で上の前歯2本を折りまして5本ブリッジで繋いでいます。
小学3年生の頃、あの頃差し歯と言えば金歯。
前歯5本が金歯の変な小学生だった訳ですが。(;^_^A
高校の頃にはプラスチックの白いブリッジが出来たのですが
これが1年もしない間に必ず外れて困っていたのです。
その後も金属の台座に白いプラスチック張り、これも良く外れて
ブリッジってこんな物と思いこんでいたのですが
この歯医者さんで作り直して貰ったのが入院中ですから・・
1996年頃ですか、構造から作り直して貰ってから外れた事が無い、それで行きつけになってしまった訳です。
そして長期入院中お世話になった当時の部長先生も今や近くで独立開業されています。
そして最近、ひょんな事から知り合った神戸の町の時計屋さん。
この3件をまとめて巡ってきました。時計屋さんは13年前(私が入院した年)
震災で店を失って近くの小さな間借り店舗で細々と営業されいたそうですが
無理がたたってか数年前に長く入院されて、今はリハビリ方々の営業。
1日5時間の営業で週に3日しか営業されていません。私もダイエーでなければ、そのペースでリハビリしたかったですが。ダイエーの中で有る限り臨時休業は御法度です。
店主に体力が無い限り店の利益をつぎ込んでもパート・アルバイトは、つめて営業するのがダイエーとの契約。これは成り行きですから仕方がありません。
まだオークションにも参加していない頃1999年でしたか(廃業を考えていた頃)
病み上がり4年目。それまでの蓄え全てを人件費と家賃で使い切って「おれは何のために働いて来たんだろう?」って思いながら止めるに止められず仕事をしていた頃が懐かしい。
でも振り返ればあの苦境を乗り切っていなかったら?親に泣きつく年齢でも
無いし冗談抜きで今頃、ホームレスやってたかも知れません。(v_v)
(旧ブログ「Cooの腕時計ブログその1」でも書きましたが、その翌年からオークションの激流に巻き込まれて行く訳です)
最近知り合った神戸の時計屋さんですが病み上がり3年、まだ年金を貰うには
ちょっとお早い年齢か?今が一番きついし大事な時期であり年齢と思います。
勤め人社会なら、大事なのはチームワーク。もう”病み上がりです”は皆に迷惑を掛けます。
病み上がり3年、ここで無理をしたらまた入院。
ここは根性無し・怠けてる・営業する気があるのか。
何と言われようと自分の体を守ったもの勝ち!それが自営業者の世界なんですね・・・。
でも自分にとって今は何が大事か?それは「元気になって家族の支えになること」
それを把握されているので共感を持てたのですが
恐らくは闘病しなければそんな発想は沸かなかったでしょう。

そこで!人助けになればとお持ちのデッドストックや中古の腕時計を預かってきました。
勿論、わたしもいくらか手数料は頂くので小遣い稼ぎ。ボランティアですなんて綺麗事は言いません。
ただ、まだ腕時計の顔やムーブメントを撮影しないと掲載も出来ませんから
何時になるか分からないのですが新コーナー「時計お譲りコーナー」へと
発展できたら良いな!企画。
でも身も知らずの私ですが”姫路の時計屋でCooの腕時計管理人”と
言うだけで”あんたなら売れるでしょう!と。そしてアフターもみましょう”と
とりあえずは手始めの20本ですねとポン!
気前よく預けて頂いたのですから応えない訳には行かないっしょ!d(^_^)