温気が無い生活

今日は身体の話で、ダラダラですから興味が無い方はスルーで宜しくです。

昨日のぎっくり腰で、出かける状態でもなく、まして運転する状態でもなく。
かといって寝ていたら、余計に腰が痛いので今日は仕事をしておりました。
届く荷物も無く暇でしたからダラダラ経験談なぐり書きですか。

「歩けない恐怖」についての体験談を。

人間歩かないと筋肉・体力がどうなるか?というお話ですが。
来年の大河ドラマ「黒田 官兵衛」ですが歩く事が出来ない軍師で
輿に乗って陣頭指揮をしたという人ですが。確か摂津の国のどこかのお城で
荒木村重によって1年以上幽閉されたいうのが昔読んだ本の記憶ですが、
その牢屋は中腰以上に立ち上がれない高さの作りであったと。
1年以上も監禁されて歩かない状態が続き。それが原因で歩けなくなったと。

一般的には歩かないと言うと。
風邪を引いて3日ほど寝込んでいた。これは誰しも経験する話。
次は骨折で石膏を巻いて1ヶ月の安静で歩かない経験をする事もあるでしょう。
これが「8ヶ月、歩かないとどうなるのか?」というお話ですが。
私の場合、33才の時に入院になり「治療は安静にすることがメイン」となりました。

最初の3ヶ月は快適な病院生活でしたが結果、6ヶ月の入院生活を経て。
退院後は自宅で2ヶ月療養し。歩く練習をして仕事復帰をしました。
こう書くと長期休暇でリフレッシュしたみたいですが。
現実は過酷な10年の始まりとなりました。
結果的に8ヶ月も歩かなかった訳です。
(といっても病院の中では売店や散歩で結構歩いていたのですが、それでも)
退院後は「モラトリアムの期間」というものを経て仕事復帰への準備ですが。

当時「姫路から明石までの35km」を50分かけて電車で通勤。
ところが、はじめは歩く訓練どころか”身体を起こしておく(横にしない)
訓練が先決”になろうと思いもよらず。
仕事に行けば、帰るまで身体は横に出来ない事が計算に無かったのです。

自営だったので、店のバックヤードにソファーを置いて。
最初の出勤は到着したら崩れるようにソファーに横になり
2時間ほどは動けない体力からスタートとなりました。
この頃、じっと立っていると筋力が無いので両足の骨が笑おります。
歩くと骨が骨盤に食い込んでいるような痛みさえ。

結果、電車で仕事場へ行って横にはならないで8時間は仕事をして電車で帰宅する。
それだけの体力が戻るのに。4年は掛かった事になります。
正確には退院後、1年である程度歩ける様になった頃。無理が祟って
再入院で、また半年の入院しており”頭が真っ暗に”になった記憶が。
よって最初のダウンから3年目(36・7歳)が復帰へ向けてのスタートになります。

当時の両親は「もう普通の生活には戻れない」と思い込んでいたのは仕方がない。
退院から4年目(40歳前後)、この頃まだ温気は戻っておらず夏場のエアコンが
寒くて耐えられないレベル=暑さは心地よいのです。
(年寄りが熱中症になるのは温気がなく、暑さが苦にならないのです)
一度、仕事中に「神戸と元町」に用があって出かけたのですが両駅は一駅です。
歩いても15分くらいですが、それが出来ずに「神戸」と「元町」
”ついでに寄ってくる”体力が無く、二日に分けてい出直した事がありました。

そして退院から8年目でしたか、仕事するだけなら横になる事も無く。
そして寒気もあまり感じなくなってゴルフでも始めるか?と
思い始めた頃が「温気が戻ってきた」という状態ですが
退院から9年目を経過しておりました。
ゴルフのスタートは後半のハーフはプレーどころか足が動かずに
カートに横になって運んで貰うのみで荷物状態。そこからゴルフは
スタートした事を記憶しております。(42〜44歳までくらい月一が限界)。
結果的には普通に、健常者と同じように週一くらいのゴルフでも
疲れない体力になったのは45歳からで、それから今で7年。
約10年を費やした訳ですが、今の歳で入院したとして5年経っても
温気が出なければ「人生終わった」後は死を待つのみと思い込むでしょう。

上手い具合に温気が出てから7年の間に、両親の介護と葬儀までの流れに
なりましたが。結果、それによって再度、体力の低下を招き。それを
ゴルフで体力を取り戻そうと、焦っているのが現在の健康状態であります。

「歩かない生活が長くなると温気を無くす」。もうその経験はしたくない。
(温気が無い状態は、普通還暦を過ぎた頃に病気を期に体験するものでしょう)
若い頃に経験すると一種の恐怖体験になります。
経験しているからこそ、怖さを知っている訳で。だからこそ未病の為に
色々、対策を巡らせる訳ですが、そのためとはゆえ。
「”しばらくの休養”は私にとって恐怖」なのです。
人間、楽な事ではズルズルと時間が経過するものです。
休養で取り戻す体力、引き替えに減退する筋力の恐ろしさ。
5分以上は歩けない脚力、それを思い出して恐怖になります。
その経験が無い方には最近の私のブログ記事は
「たかが疲れでオーバーな」そうなると思おりますが。

あの温気が無い頃、店も撤退も出来ず。そこへ介護が重なっていたら?
想像しただけでも恐ろしいですが、体力の回復を待ってくれたのは
神のお陰、先祖様のお陰。幸運と言うしか無いでしょう。

最高の行楽日和に腰痛を辛抱しながらのパソコンでは、
明るい話題には、なりませんね!(-_-)

 


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