国産時計(2015.4.29)

本日、アップのセイコー「LUKIA」ですが今や懐かしい感じがします。

このサイトを始めた2004年頃は「よく売れたモデルだな」くらいの
感覚で触っておりましたが、久しぶりに見ると懐かしさが。
久しぶりに見ると言う事は、最近持ち込まれなくなったという事で。
つまりは使われる事が無くなった。古くなったという事です。

そう言えば最近、SEIKOやCITIZENの国産ウォッチ自体を見かけることが無くなりました。
店ではお年寄りのお客様も多いので、まだ見る事は多いですが。
ネット受付に関しては「ネットで申込出来る=パソコン・スマホが使える」
条件が限られますから若い人に偏るのは仕方が無い。
そのせいか最近「NIXON・DIESEL・TAG HEUER」が多く、
国産時計は見かける機会がぐっと減りました。

そういうえ最近「OMEGA」も減りましたね・・・。
もちろんG-SHOCK・Baby-Gも。
全国的に何処も電池交換には対応しないので「お蔵入り時計」という
認識になって持ち込むことさえ無くなったのでしょう。

いずれにしろ国産時計は、ほんと見かけなくなりました。
ショッピングセンターの時計売り場を見れば一目瞭然ですが。

私、知らないだけで「えっ!まだ腕時計使ってるの?」って時代になっているのか?

私ら街の小さな時計屋は「SEIKOは神様」みたいな存在でした。
クォーツ・ショックを巻き起こし「世界のSEIKO」という時代でしたから。
今考えれば、それは精度を競う時代の終わりでもあったのだと。

今や”時計は合って当たり前”の時代。電車も正確が当たり前になりました。
当たり前になってこそ、次へのステップが起こり進化がある。
そしてスマート・ウォッチさえも当たり前になると次は何が起こるのだろう?

これ先日、届いた「姫路市の広報」の表紙です。
ブルーインパルスが飛来した時の写真ですが、その見事さよりも先に
私の目が釘付けになったのは全ての人の手にはスマホがある。
スマホが当たり前になった事を感じる写真でした。