更新が途絶えがち

最近、メッキリ更新が途絶えております。
電池交換が忙しい訳でもありませんが自治会の運営に
時間の全て取られております。それプラス最近になって、
自治会のホームページまでも運営しており、そちらの更新に忙しい。
ただ自治会のホームページなんて見ている人は少なく。
何ら反応も無く更新の、し甲斐が無い運営ですから力が入りません。

「Cooの腕時計・今だから言える」
と言うと、ちょっと大袈裟ですが。2006年からスーパーのテナントを撤退し
自宅に戻って親の個人商を継ぐ事になりますがそれでは食って行けない。
しかし「両親の介護・個人営業」を両立させるには「+ネット営業」は必要でした。
ただ当時、まだどれだけの売上になるのかさえ分からない。
また両親の最後が、どうなるか分からない以上費用の上限すら分からない。

体調も蝕まれていき不安な日々でしたが2011年・2012年と
両親を送り結果的には両親が残したお金の範囲内で
無事に送る事が出来ました。自身の体調を崩すというのは仕方が無いとして
結果的には営業にもかなり支障が出ました。

2006年当時の私の構想は「店の売り上げは当てに出来るほどでは無い」
「ネットの売上は未知数」。大きかったのが「AdSenseという広告料」。
Maxで全収入の4割を占めていた時期もあったくらいです。
純粋な電池交換メンテナンスの売上だけでは全く足りません。
それが私一人で行う作業で、こなせる限界がありますから。
プラスの広告収入があったお陰で何とか食いつないできた感じでした。
また「電池交換&洗浄3.100円コース」ですが電池交換の費用としては
受け入れられないだろうと。個人的には5.000円は欲しい作業ですが
差額の2.000円は広告収入で賄うこと前提での価格設定でした。

それが2014年を境に、そうスマホの急成長と並行して広告収入は減り続け。
今や無きに等しい金額に。個人的には電池交換では充分で無くても
広告料が補ってくれるなら、私は「黙々と電池交換メンテナンス」だけ頑張れば良かったのです。その広告料が無くなった今。そしてスマホの時代になり時計を電池交換までして使う人が激減した今。

もうサイトは生活の糧では無くなりました。ただサイトの運営は経費も掛からないので
無理に削除する必要も無く依頼があるなら開けておくか!という感じです。
年々、電池交換を受ける店が減っておりますから必要とされる方も居るかと。

ただ長年パソコンで生きて来て感じるのはパソコン作業は
「猫背になる」「内臓を圧迫する」「逆流性食道炎にもなる」
「身体が硬くなる」「運動不足になる」「筋力が極端に落ちる」
若いときは気にならない事ですが、年を取ると大敵になってきます。
それに気がついただけでもマシという話しですが。パソコンは
それだけ一人では出来ない働きもしてくれました。
ただ年齢と共にライフスタイルから見直さないと健康は保てません。
そういう状況下でサイト運営によって
クレームが増えたり、嫌な思いをするなら「もう閉じた方がマシ」という状況です。
ただお陰様で今はリピータさんでも良い人ばかりを相手の商売なので
ご依頼が継続のパワーの源」にさえなっており有り難い事です。

言い換えると個人的に今後の生活の主体はお金儲けでは無く。
「姿勢を悪くしない」「内蔵・筋肉の事も考慮出来る」「身体が硬くならない」
「運動量に影響が出ない」「同じ姿勢を継続しない」。
など今までと反対のことを主体に生活しております。

ある意味、それを全て満たしているのが今の自治会長という生活スタイル。
家を空けて出る事も多いですが、人と話す事が少ない生活スタイル、
店に籠もりきりの生活よりは話すし、活動するし健康的。
商売としては店を空けることが多くマイナスですが、今は嫁も居ますから預かることも可能。
そう割り切れるのは過去の病人生活が役に立っていると感謝する日々。
その経験が無ければ今頃、激減する収入に焦り思い悩んでいたでしょう。

ある意味、商売はヒマなぶん時間はたっぷりでYou Tubeをよく見ております。
今の世界状況がテレビ・新聞よりは遙かに良く分かり。お陰で見聞が広がりました。
その上で、今から2・3年は激動の時代になる事は必定。
地球の歴史的な瞬間に今の自分たちは居るようです。
それを知るにはテレビ・新聞は邪魔になるでしょう。
今からはその生みの苦しみの時期で、これから経済は下降の一途。
こんな時に、売上に悩み病んでいては次世代が生き残れない。
もう2・3年は食い潰しながらでも情報収集しながら過ごす事に決め。
この世界の成り行きを追っていくのが楽しみでもあります。

次に来る時代はどういうものか?それは個人個人で情報を収集して
これから来る世界と、その中で自分は何に満足できるのかを見つける
事が出来なければ悲惨なものになります。
年を取ってから後悔する余生にならないように。