時計店が少ないのは何故ですか?(明日は我が身)
「2006年1月5日」
先日、メールで岐阜のS様から「越して来た町なのですが電池交換に行こうと車を30分走らせましたが時計店が見つかりません。時計屋さんって最近何故少ないのですか。昔は国道を走れば必ず有ったと思うのですが。」といった内容の問い合わせがありました。
ぎょっ!とする質問ですね。(;^_^A
こういった質問にも回答してみましょう!お一人への回答の為に長文のメールは中々出来ませんが、正月の暇な時間も使えましたので、サイトネタとする事で詳細に解説してみたいと思います。回答というか”時計店の嘆き”ですかね。(v_v)
商売人同士の説明なら”時代が変わった”。また厳しく生きた方なら”努力不足”。これで解説は終わりですが、それでは一般の方の素朴な疑問に対する回答になりません。商売人の方は負け犬の遠吠えとお読み下さいますか。
確かに。時計店は減っていますね。特におじさん一人でやってる様な町の時計屋さんは。理由を簡単に言えば”食べて行けなくなった = 後継者が後を継げない”ですか。私の店は主要駅の近くでは無くローカル駅の近くです。ここでも20年前は半径500m以内に時計店が4件ありましたが15年前からは私の店1件です。では主要駅の近くなら時計店は成り立つのかと言えば、そうではありませんね。
商売である限り儲ける事が出来なければ廃業しかありません。商売人で無い方が”儲ける”と聞けば余分な利益と理解されるのも困りますが、ようは最低限の生活が出来る収入の事です。
駅前などの大きな時計屋さんは無くなる事は無いと思います。何故かと言えば大きな時計屋さんには資産があります。それと腕時計業界の今後の方針として高級化路線に進んで行きます。その体制について行けるのは資産が無いと無理な時代が直ぐそこに来ています。
また腕時計を売っても正直利益は少ないのです。今の時代時計メーカーの腕時計は”3割引”が常識になっています。町の小さな時計屋では販売量も少ないので納入される単価も高い訳です。よって世間の常識3割引きで売れば3%くらいの利益です。月に100万円売って3万円ですね。これでは生活出来ませんね。
よって2割引が限界ですが、その値段では今の時代購入はして貰えません。私の店では1.5〜2割引ですか。
これが大きな店なら多く仕入れますから、小さな時計店より若干は安く仕入れる事が出来ます。仕入れ価格が違うのは資本主義の世の中なので仕方がありません。よって利益は1割以上はあります。そしてまた、大きな店は売り上げが月に百万単位ではなく千万単位です。持ち家なら家賃も要らないですから充分成り立ちますね。
かつて小さな時計店は一杯ありました。これが成り立ったのは”修理収益”です(1980代頃まで)。昔は腕時計は高い物だった(腕時計を買うには一ヶ月分の給料が必要だった)ので簡単に買い換える人も少なく修理をして使っていました。修理は”技術料”です。つまり”売り上げ=利益”ですね。これで1000万売ったら凄いですが、世の中そんな甘くはないですし、また一人の力ではそれだけの修理はこなせません。でも30万もあれば食べて行けます。
しかし、この数字”¥10.000の修理が毎日一個として30日”です。今の時代¥10.000出せば腕時計が買えますね。よって修理で月に30万という数字は町の時計屋では、ロレックスなどをメインに扱って一件5万円くらいの修理を受け付けていない限りは無理でしょう。でも高価な時計を小さな時計屋さんに持って行く方はいません。
これは腕時計が機械時計→クォーツになり。クォーツが当たり前になった1980年代には”今後は時計では食っていけない”業界でも言ってた事です。つまり成るようになっただけでですね。
そう言えば「着物屋さん」「布団屋さん」「文具屋さん」なども、町の小さなお店は無くなってきました。時計屋も同じですが、自然淘汰されているのです。淘汰、つまり必要が無くなった物は退化して無くなるのは自然の摂理なのです。今や町の時計店というのは”鎧甲冑・具足”を売ってるの同じか。
時計のベルトさえ交換してまで使い続ける人が少なくなりました。そこで、今残っている町の時計屋さんで生き残っている所は、若干の腕時計の売り上げと修理、それに電池交換、ベルト交換が最低限ある所でしょうか。そしてご主人が年金を貰っているところなら継続は出来るでしょう。しかも持ち家で。
しかし、その電池交換でさえ最近は合鍵屋さんや、靴修理、鞄修理、眼鏡屋さんが受け付けています。私の店の近くでも時計屋は無くなりましたが”電池交換をしてくれる場所”は増えています。消費者に取って腕時計を修理する所は不要ですが、電池交換はする場所は必要です。つまり必要とされる物は淘汰どころか新たに生まれてくるのも自然の摂理なのですね。
実は私の店も2000年に廃業の予定でした。それまでは修理は少なくても電池交換する所は無かったので”電池交換では必要とされる店”だったからです。それが近くで眼鏡屋さんや、合鍵屋さんが電池交換を始めました。今でもウチに電池交換に来られる方は”やはり時計屋さんでないと心配で”と言う方のみです。有り難い事ですが、そういった方のみでは商売は成り立たなくなりました。
そして驚いたのは時計店以外でも消費者の立場から見れば同じ”電池交換する所”なのです。時計店の立場としては専門と、ついでにやってる所は違う。そう叫びたいところです。
しかし消費者の立場から見れば同じなのです。何故そう思うのかと言えば。
私の店は住宅密集地にあります。よって地域の電池交換の需要を1店で受けていました。15〜5年前くらいまでは。周りの時計店が廃業していったので自然な成り行きです。一軒で受けると最低でも月に600個くらいの電池交換が来ていました。電池交換のみで営業が成り立つくらいです。よってこのサイトで紹介の電池交換は私が実際に行った数の0.003%くらいになりますか。
私の店はテナントで3Fにあります。そこへ7年前にスーパー側が”合鍵・何でも修理コーナー”を1Fに誘致しました。そして電池交換も始めます。私の店よりも¥200安く。そして時を同じくして近くのメガネ専門店も電池交換を¥200安くで始めました。
結果どうでしょうか?一挙に電池交換の数は半分以下になります。私は”いくら何でも時計の電池交換は時計店に来るだろう”と、そう思っていましたからこの結果に驚きました。と同時にそれが一般の感覚なのだと。誰しもが時計店で電池交換してもらいたいから来るのでは無い、これは事実が物語っています。他に無いから来てくださる事実を突きつけられたのです。
かといって近くに出来た電池交換をする店を恨むような時代錯誤も甚だしい人間でもないのですが。これは今の時代、自由競争社会ですから仕方がありません。自由競争社会を無視した既得権益などで生きようとする組織。これがどんどん淘汰されているのを見ればわかります。
SONYがAppleと戦っているように、時計屋は今や家電店そしてホームセンターと戦っているのかも知れないですね。いや・・もう戦力外なのかも?
テナントで店をしている方はご存じでしょうが、専門店の売れ筋を聞き出して目の前で売りますね、しかも安く。うっかりモノも言えません。こういった経験を度々すると、そんな事でいちいち怒っていてもキリが無いと思えてきます。
電池交換や修理が減れば違う収益源を見つけられない所は消えて行くしかない。それも自然の摂理なのかも知れません。
言い換えれば時計店が”合鍵”をやるくらいの感覚が必要なのかも知れません。でも体質と言いますか時計店には変なプライドが邪魔します。腕時計に固執する姿勢がいけないのかも知れないですね。
と言いながらも去年初めに、その合鍵コーナーでさえ廃業しました。ある意味私は生き残った訳です。当然、電池交換の数も若干は増えますが、しかし”スーパー○○店の電池交換は直ぐに止まる。そして廃業した”という風評を残して。よってその後町で得意さまとすれ違うと「あら?時計屋さん閉めたって聞いたけど居たのね。」と言われる始末。そして少し離れた所で今度は洋服のリペアーショップなど、とにかく手先の仕事をしている方が電池交換を始め出しています。この傾向は今後も続くでしょう。
そういった所へお客様が流れるのを見て腕時計の電池交換も地に落ちたものだと、事実に驚愕する昨今ですね。しかし、時計店にも責任があります。私の店でもお客様に電池交換についての感想を良く聞きます。その多い意見としては”時計店に行くと技術力ばかり強調して高い。そして偉そうに言われる”。これが一番多いです。
次にやたら機械の説明をして”分解掃除を勧める”です。一般の5万円までの腕時計では消費者が望むのは”電池交換で動けばそれでOK”というのが殆どです。時計店は技術を逆手に修理代を取ろうとする。というのが主婦の意見です。
でも国内腕時計メーカーは今後ブランド価値を高め高級化路線で進んで行きます。メーカーもそれが出来ないと生き残れません。よって時計店もそれに準じて行けなければ残れないでしょう。
でも雑貨ウォッチの電池交換は多いです。それを時計店が敬遠したり費用の掛かるメンテナンスを勧める事が異業種の電池交換を生み出しているようです。
もっとも腕時計メーカーや一般の時計店から見れば、嫌な雑貨ウォッチの電池交換を受け持って貰えるなら好都合なのかも知れないですね。
(私の店は一般の時計屋レベルではありません。単なる”電池交換所”と化しています。)
また電池交換の値段ですが私の店は¥1.000です。これは20年前もまったく同じです。時計店以外は¥1.000以下でやっています。わたしの近隣の市では今、時計店の電池交換の値段は¥1.500〜¥2.500です。
値段を上げて来ています。これを高いと思う方は私の店に来ます。今、腕時計の電池交換は技術力を値段に置き換え差別化を図る時計店。そのニッチを狙って安くして集客する異業種のお店でバトルを繰り広げている状態ですか。一般の時計店は素人相手に金額の消耗戦には参加して来ないでしょう。電池交換は”ついでの収益”そういった所を一般の時計店と呼ぶのでしょう。私は値段を上げる気も下げる気もありません。それで食えなくなったら必要とされていないと言うことです。潔く消えるしか無いでしょう。
では、何処で電池交換するのが良いのか。それはお客様の自由です。”電池交換は時計店で!”と叫ぶより自然の摂理に身を委ねましょう。
町の時計店が生き残る基本は今の時代、余程のオリジナル性があるか、本業以外の収益(年金、家賃収入、別の事業など)が無い限りは”資本力(組織力)のある店しか残れません”。つまり、もう町の時計店で生きる事は不可能と考えて良いでしょう。これは時計業界に限った事ではないと思いますが。
国内時計メーカーも5年後、町の時計店の数は更に30〜35%自然減と弾きだしているようです。その分の売上げ減を何でカバーするか対策を練っているようです。
私が思うに小さな時計店が35%減ってもヨドバシが一つ支店を作れば簡単にカバーするのでは?その方がメーカー側にしても分散してる売り上げを集約出来て好都合だろうと。
よって時計店が減る原因は:
小売店の努力不足と資本力の無さ。必要とされなくなったが為の自然淘汰。ですね。
私は2000年に一度、廃業を決めました。その電池交換が半分以下になった時です。(当時の身体的都合もありましたが)それは極自然な姿だったのです。でもあの時廃業していたらCooの腕時計は誕生していなかったでしょう。ある意味、数奇な運命でここに至っているのかも知れないですね。
では今の2006年まで何故生き延びて来られたのか・・・それはまた時間の取れました時に。
(岐阜のSさま、これでご理解出来ましたでしょうか。私に取っても自分の店を振り返る良い機会を与えて頂きました。)
この一通のメールが物語の始まる切っ掛けになろうとは・・・ではオークション1話へ。
(このページを書いていて自然に指が弾きだしたのが”オークションのお話”ですね。)
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