腕時計ベルト・バンド調整と交換修理/スライドバックルが廃れた経緯

腕時計のバックルとして1980年頃までは一世を風靡したスライド式バックルです。
1980年頃といえばもうクォーツ腕時計はあたりまえ!
そうなると今度は如何に薄型の腕時計を作るか!
そういう時代へと突入していった時代でした。
そうなると当然ベルトもその薄型腕時計のデザインにそぐわないと
腕時計のトータルバランンスがとれない、イコール売れない。
そこで開発されたのがこの「スライド式バックル」だった訳です。
だがそれだけではない腕時計メーカーサイドの思惑が・・・

その思惑とは。このスライド式バックル。ベルト調整が実に簡単なのでした。
おまけに特別な工具さえ要らない。ん!?それがどうして「腕時計メーカーの思惑」なのか?
まぁ、焦らないで聞いてください。
それだけ時計店にとっては語るにもつらい話もしなくてはならないのですね。
「廃れた」と言うことは流行っていたという事の証ですが、
廃れる前に流行った理由が分からないと、廃れた理由もピンとこないのです。

/////腕時計バックルの「スライド式バックルが流行った理由」/////

「簡単にベルト調整が出来る」=「素人でもベルト調整が出来る」=「時計店でなくてもベルト調整が出来る」と言うことです。ここまで読んで、流行った理由がもうピン!と来ましたか?つまり”時計店でなくても”ここに理由がある訳です。

「腕時計業界の流れ」

その前に当時の腕時計業界の流通ルートと販売方法からお話ししましょう。
1980年頃までといえば、まだ腕時計は「時計店」でしか買えなかった時代です。
量販店や大手家電店などが扱う事は想像もつかなかった時代ですね。
(扱い始めてる所は既にはあったが)

それ迄は腕時計と言えば「機械式腕時計(ぜんまい腕時計)しか無かった訳ですが
(もっともいきなりクォーツ腕時計の時代に移行した訳ではなく、
電子腕時計や音叉腕時計へと経緯は踏んでは来ましたが)。

今のクォーツ腕時計が当たり前の世代には理解しにくいかもしれないです。
機械式腕時計の時代は当然、電池交換は要らないが
定期的なメンテナンスが必要であった訳です。

またいつの時代でも同じですが、一般大衆というものにとって腕時計は
「時刻を知る」ただそれだけの道具ですよね。だ
から中身の特性なんて考えないで使ってる人の方が多いのです。
よって壊してしまったり、時間の誤差が大きくなり使用に耐えられなくなる事は
多々ありますが。
その時は時計店に持って行くしか仕方がない。そんな時代でした。

もし腕時計に修理が必要な時に時計店が無ければ?
これは腕時計メーカーに送るしか無いのですが、時計店の存在が無くては、
ベルトの調整や、ガラスの交換だけでも腕時計メーカー送りとなればどうなるのか?
それではメーカーさんはパニックなってしまいます。
よって時計店の存在が無ければアフターケアもメンテナンスも出来なかった時代でした。

それに腕時計の「販売員」と言えば昔は「イコール腕時計職人さん」。
つまり腕時計メーカーにとって販売される場所が「時計店=販売員=腕時計職人」
こういった図式が成り立った訳です。

すると当然、腕時計職人さんに気に入って貰えなければ腕時計は売れない訳です。
腕時計マニアの方なら昔の機械式腕時計のムーブの美しさや
組み立て工程が実に凝った物である事は承知と思われますが、
これは腕時計メーカーさんにとって「エンドユーザーよりも時計職人を意識」したのです。
そう、「腕時計職人に気に入って貰えなければ腕時計は売れない」そんな時代だったのです。

ところが!セイコーウォッチがクォーツ腕時計の発明
(この大発明によってセイコーは後に自らの首を絞める結果になろうとは・・・)
そして腕時計は薄型へと!また、電子化へと!それに先にも書いたデザイン性。
つまりファッションアイテムへと!。

それに極めつけがこの頃から一世を風靡しだした「デジタルウォッチ」でした。
こうなればもう腕時計職人では、ついては行けなくなって来ました。
今でもオークションでは、そんな時代の「スライド式」ベルトが付いたCASIOやSEIKOのデジタルウォッチを見ると、じつに懐かしい感じがします。

そして、それ以前の昭和48年頃「田中 角栄」が唱えた「日本列島改造論」から。
まさしく日本は高度経済成長をひた走る時代へ。
そうなれば腕時計メーカーはもう時計店に販売を任せていても追いつかない。
それくらい「作れば売れた」。そんな時代でした。

それに同調するかのように、腕時計も電子化が進むと腕時計職人よりも電気の知識。
また腕時計職人は販売の拡大なんて真剣に考える訳もありません。
また、時期を同じくして量販店が雨後のタケノコのごとく乱立して来た訳です。

腕時計メーカーサイドから見れば量販の方が販売にかけては強い。
時計職人の比でない事は事実。時計店以外が腕時計を売る。
しかも大量に!こうなると「腕時計を売るのは腕時計の知識など無い者」が
増えて来るのは自然な成り行きです。もちろんベルト調整も!

よって腕時計のベルト調整は「誰にでも出来る」それが売れる条件になって来たのです。
単に「スライド式」のベルトの話からここまで来てしまったのですが
ボクら腕時計業界の者からすれば今や、すたれてしまった「たかがスライド式」ですが。
これは時代の流れとメーカーの思惑と。
時代の流れに、ついて行けなくなった時計店の象徴でもあります。
もっとも当時の時計屋さん達は、簡単にベルト調整が出来る様になって喜んだものでした。
腕時計メーカーの思惑に気づく事さえ無く。
そういった鈍感さが時計店の衰退を招いった理由であったのも事実であった・・完(;_;)

 

スライド式ベルトの腕時計が廃れた理由

おいおい泣いてどうする!終わっても仕方がないぞぉ。
まだ、すたれた理由の回答がされていないのだ(;^_^A。
弱小時計店が廃れて行くのと反対に、腕時計メーカー各社は、日本経済と一緒に右肩上がりの成長を続けていくのです。その頃、1980年代。当時腕時計業界では「使い捨て腕時計メーカー」とも「電卓メーカー」とも言われた「CASIO」が後に腕時計業界をひっくり返す
存在になって行くことを誰が想像しただろうか・・・。(風の中の昴〜♪、星の中の銀河ぁ〜♪)しかし、まだQuartzを発明したセイコーは波に乗って今度は更に薄型へと!益々どの腕時計メーカーもスライド式ベルトの必要性が求められていった訳ですね。

こんな事を書いていると、いくらでも長くなりそうなので話は省略しますが。腕時計業界は舶来(当時”ブランド”なんて言葉は無く”舶来/hakurai”だった)に追いつけ追い越せ!そして腕時計業界は高級さや薄型などに突き進んでいくのです。

そこへ「G-SHOCK」の大旋風が巻き起こった。腕時計は高級感、薄型!といった時代にあの「分厚い」G-SHOCKの人気。これはには精密機械としての機能性や薄型を追求する既存腕時計メーカーも発想の転換が出来ずに、すぐに廃れるものと、何処も相手にしなかったのです。ところがあの「ウレタン仕様のG-SHOCK」がヒットしたのに自信を持ったカシオは「メタルバンドシリーズ」を発売しヒットさせた!当時では「こんな分厚い時計が・・・」こうなればもうセイコー・シチズンも黙って居られない。あの「SPOON」の登場ですね。こうなってくればもう腕時計業界の「既成概念」。「腕時計は精密機械・薄型化」なんて発想が一挙に吹き飛んだのでした!用は斬新なデザインだったのです。

そういった時代の流れの中、既に1995年頃には「一般大衆」は腕時計に「薄型」を求めなくなってしまったのです。そしてバブル崩壊。薄型のデザインよりも厚くてもいいから丈夫な腕時計へと。カシオはそんな時代の風潮に見事乗ったのです。「高い」「上品」「精密」そんな過去の価値観は捨てて。「安い」「斬新なデザイン」「丈夫さ」それまで腕時計メーカーは「厚さ」や「精度」は謳って来たのですが。まさか「丈夫さ」を謳ったカシオがこうもヒットになるとは・・・。
当然、薄型バンドに必要な「スライド式」は過去の物に。それよりも頑丈そうでデザインの良い物に。ここからまた昔の「三つ折れ式バックル」の最盛期に入っていくのです。まさしくジーンズなどのアパレルと同様に腕時計業界でも「時代やファッションは繰り返す」世の中森羅万象例外は無いのだった・・・。完

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